短編小説「白き翼」

※文章中の画像は一部WEBより拝借(加工)しております

 

すっかり梅雨明けした街

週末という事もあり

つい先程まで

オープンテラスから聞こえていた

多くの人の声も

今は静まり返っている

 

仮眠を終えた奈美は

バイクジャケットに袖を通しながら

ガレージへ歩いていく

そこには

スズキGSX1300R”隼”が凛として

オーナーの登場を待っていた

 

憧れ 恋焦がれ

一瞬で一目惚れしたそれを

当時の有り金のすべてをはたき

2010年に新車購入したオートバイ

色は最初から「白」と決めており

何にも変えがたい彼女の宝物で

8年で70,000Kmを越えている

 

すでに旅の準備が整っている

その相棒に最後のバッグを仕舞い

エンジンに火を入れる

 

心配そうな表情をみせる夫は

『いってらっしゃい。気をつけてナ。』

いつもと変わらぬ優しい笑顔をみせる

『行ってくるネ』

奈美は複雑な笑顔でかえす

 

 

夏がすぐそこまで来ている真夜中は

バイクを走らせるには丁度いい季節

ガラんとした道路には

道行く人影も車も無く

信号機だけが作動している

普段であれば

この道をサッと流すところなのだけれど

今回ばかりは

一番近いICから高速道路に上がる

 

ETCゲートのバーが上がり

3‐4‐5速とシフトUPに併せ

バイクの排気音だけが街に響いた

TOPギヤに入れ

定速走行でマシンの調子を見守り

徐々に速度をあげてゆく

スピードが増すにつれ

もう一枚厚着すれば良かったと

後悔するも

バイクを止める気にはならなかった

 

ほど良い巡航速度に落ち着くと

あの時からずーっと

奈美の頭から離れない

つらく切ない思いが襲ってくる

 

それは昨年のこと

ふたりの間に待望の子を授かった

世界で一番幸せなカップルだと

信じて疑う事はなかった

ところが

なんのいたずらか

抱くことも

対面する事もなく

お腹の中から消えてしまった

 

ひどく落ち込む日々が続いた

それでも明るく勇気付けてくれる

夫の支えもあり

前向きに日常を送る事ができた

しかし

それからふたたび

Happy報告が訪れる事もなく

月日だけが過ぎていった

『あの時に・・』

と自分を責めてしまう日もあった

しかし

『子供が欲しい』

と願う気持ちとは裏腹に

奈美にはどうしても拭えない

モヤモヤした感情が

心の深いところにあった

 

それは

出産したら育児がはじまる

子育てとオートバイの両立

それが難しい事くらい

容易に想像がついた

 

独身の頃に

たった一度っきり

一人旅に出た事がある

行った先々での

聞いたことも見たこともない

珍しい食べ物

見知らぬ人との出会い

心があらわれる様な風景

そのすべてが印象に残り

楽しかった記憶として

今でも脳裏に焼きついている

 

子供が授かったら

もう二度とできなくなる

そんな後髪をひかれる様な

”やり残した感”

というものがまだどこかにあった

 

ステキな出会いがあり

妻にはなれたけれど

自分にはまだ

母になる覚悟が整っていない

そう考えるようになり

これを断ち切れないうちは

神様はBabyを私達に

授けてくれないのかも知れない

そう漠然と思う様になった

 

それは単なる自分の我儘なのか

でも・・・

そんなジレンマに悩む

日々を過ごしていたある日

思い切って

正直な気持ちを

夫に相談したのだった

 

『行ってこいよ! 信州へ・・』

そう彼に背中を押され

限られた日程

限られた予算

その旅費まで援助をうけての旅

何度も何度も

『これが私の最後のツーリング』

そうつぶやき

その瞬間 瞬間を噛み締めた

 

 

この距離をたった一人で

本当に目的地まで

無事に辿り着けるのだろうか?

やっぱり無謀だったのかも知れない

交互にそんな思いが

頭をよぎってくるものの

この長旅を共にする”隼”は

心地いいエンジン音と

図太い排気音を発し

”俺がついてるぞ”とでも語りかけるよう

中国道を力強く

そして優しく

太陽の昇ってくる方角へと

彼女を運ぶのであった

 

 

愛知県から岐阜県を抜け

長い長いトンネルを抜けると

いよいよ目的の長野県へ入った

自宅を出発してから

いくつの県を走ってきたのだろうか?

『山口でしょー 広島 岡山 兵庫 大阪・・』

と独り言のように呟いてみる

 

信州は今まで走り抜いてきた

そのどの県とも違い

心地よく乾いた風が吹いていた

それもそのはず

暗いうちに発ったにも関わらず

いつの間にか太陽は西に傾き

陽を背にした南アルプスの稜線が

彼女を歓迎しているかの様に

神々しくその存在感を示している

 

『まだまだ走れる』

どこまでも行けそうなほど

神経が高ぶっている奈美だったが

SAでカフェオレを口にしながら

冷静さを取り戻し

適当な宿を取った

 

いつものルーティーンを

ほとんど省略して

真新しいシーツの匂いすら

感じる間も無く

一瞬のうちに眠りに落ちた

ただただ移動しただけの日

けれど

”隼”と一緒だったこと

それだけで彼女には十分であった

 

 

『ここはどこ?』

熟睡したせいなのか?!

頭の中はまだ寝ぼけている

自分の居場所をぼんやり考えた

そうだ

わたしは今

ツーリングに出ているのだと

徐々に意識が覚め

それと同時に様々な思いも

頭を駆け巡ってゆく

身支度を整え

『今日もよろしくね』と愛車をさする

 

「戸隠神社」は北のはずれ

長野市を抜け小一時間ほどの所

ここは数あるパワースポットの中でも

日本有数の神社で

2,000年以上の歴史をもつ

神話の世界

5社からなる神社なので

今日は一日掛けて

その5ヶ所をじっくりお参りをする

これがこの旅の目的でもあった


Photo by 戸隠神社 奥社への参道

 

1.宝光社

開拓・学問技芸・裁縫の神

安産の神でもあり

女性や子どもの守り神

 

2.火之御子社

舞楽芸能の神 縁結びの神 火防の神

 

3.中社

学業成就や商売繁盛・開運・厄除・家内安全

 

4.奥社

スポーツ必勝のご利益があり

開運や心願成就・五穀豊穣

 

5.九頭龍社

水の神 雨乞いの神 縁結びの神

そして虫歯の神様でもあるので

歯にご利益があるという珍しい神社

 

このひとつひとつを巡り

手を合わせていくうちに

止め処もなく

涙が止まらない

なんの涙なのか分らないが

ただただ込み上げてくる

様々な感情が

恐らくそうさせているのだろう

しかしそれと同時に

不思議と

奈美の心は安らいでいく

それはだけは

ハッキリと自覚できるのだった

 

すべての参拝を済ませ

この旅の締めに選んだ宿へ向かう

そこは小さな山村の

温泉街にある旅宿

主にバイクで旅をする

温泉好きライダーが集い

嬉しい事に共同浴場が

目の前に二つあるらしい

 

通過する街で簡単な買い物を済ませ

心細くなる様な山道を登った先に

突如こじんまりとした温泉街が現れた

陽はすでに落ち

商店や旅館には明かりが灯り

宿のガレージへと”隼”を停めた

 

ささっと着替えを済ませ

有料の共同浴場へ行ってみる

そこは文字通り

身も心も芯から温まる

本物の温泉が彼女を包み

昔ながらの雰囲気を残す

木造のひなびた温泉

面白い蛇口

無色透明のしょっぱい泉質

柔らかな照明もほど良く

長旅の疲れを癒すには

十分過ぎる空間だった

 

時間を気にせず

ゆっくり温泉を堪能し

湯上りにふと目にした効能表に

「慢性婦人病」「不妊症」・・

という文字が目に飛び込んできた

『ラッキー』と

思わず奈美の口からこぼれた

 

お宿に戻ると

ライダー達は思い思いの場所で

それぞれの時間を過ごしていた

空きスペースをみつけ

持ち込んだ酎ハイを開け

飲もうとした瞬間

『カンパーイ』と隣りどうしから

笑顔で声を掛けられるのだった

ここではそんな風に

見ず知らずのライダー達と

気兼ねなく話すまでに

そう時間は必要ではなかった

 

 

翌朝

誰もが寝静まっている

外がまだ暗いうちに

物音を忍ばせながら

身支度を整え

そーっとバイクを表へ出し

メッセージボードに

お礼のコメントを残し

そっと ひとり宿を発った

 

 

そうして来た道を

今度はひたすら西へ向かう

徐々に昇り始めた太陽は

奈美と隼の影を進行方向に作り

それを追う様に

無心で走り続ける

 

疲労は蓄積され

体の節々に違和感を感じながらも

ギリギリその日の23:00頃

夫の待つ自宅へ無事帰宅

2泊3日 2,465km の旅は終わった

愛おしい旅の相棒”隼”を

何度も何度も抱き締め

何度も撫でた

 

弾丸行程の無茶な旅ではあったが

達成感と幸福感

そしてこれが彼女にとって

最後のソロツーリングなんだと

ハッキリ感じる物寂しさ

そして

こんな我儘を許してくれた

優しい夫にも感謝をして

彼女の大冒険は終わり

奈美にとってオートバイ(隼)は

最高の宝物となった

 

 

いつもの日常がはじまり

何も変わらない日々が過ぎ

夫とは相変わらず‥

いや より一層愛おしく

この人を選んでよかったと

しみじみ思える

そんな気持ちに溢れていた

 

ところが

最後の旅を終えてから

奈美の体調に変化が起こり

無理をしたせいなのか?

毎月在るモノがこない

もしや・・ と思ったが

そんなはずがある訳ないと

できるだけ平常心を装う事にした

 

複雑な気持ちのまま

ふた月ほど経ったある日

思い切って病院へ向かう

なんと なんと

やはりそうでした!

彼女のお腹には

小さな命が宿っていたのだ

旅を終えてすぐの出来事だった

 

『やり残した事があるんでしょ?

子供はできるよ

だから行っておいで』と

最初の子があの時

私に問いかけてきたのでは?

多分

きっと

そうなんだと今は思える

 

時代は「令和」と

年号が変わった矢先の春

彼女は可愛い女の子の母となった

今度は母子ツーリング

そしてファミリーツーリング

それが今の夢・・・

 

あの時

白い隼Hayabusaは

コウノトリの化身だったのかも知れない

 

 

 

 

 

ひとり旅を愛した隼女子に捧ぐ ♬

 

 

 

 

追記

これは事実に基づいたフィクションです

昨年ご予約をいただき

白い隼を

華奢な体で乗りこなす姿が

とても印象に残っている

そして

私でもしんどい距離を

弾丸でたった一人

孤独なロングツーリングを計画し

有難いことに当宿をご利用頂いた

勇敢なバイク女子の話です

 

宿からの予約確定メールが

エラーにより受信不可となり

心配された様子で

一度電話でお話した際に

その計画は無謀だと感じ

アドバイスを差し上げた様に

おぼろげながら記憶してますが

それでも

「到着が遅くなるけど来たい」と言うので

大変心配してお待ちした覚えがあります

 

実は以前ここで

ブログに載せさせていただき

イイネ!が沢山付いていたので

皆さんの中でも

覚えていらっしゃる方も

多いのではないかと思います

※ 題名は「初心」です

 

そして先日

手紙と一緒に写真を2枚いただきました

そのうちの1枚がそれです!

文面を読みながら

当時 彼女はそんな思いで

あのツーリングをしていた事を知り

感動した次第です

そして読み終えた私は

無性に何かを書きたくなり

内容の多くは推測で

一気に書きあげました

 

私の独断で

モザイクをかけた写真も

『どうぞ載せてください』と言い

また この文章に関しても

彼女から快諾をいただき

初めて小説? 小説風?として

書き綴ってみました

 

そして今回もまた

彼女から色々な事を学びました

女性と男性の違い

旅をする意味

オートバイとの接し方

彼女は本当に素晴しいです

私も

もう一度原点に立ち

自分を見つめ直そうと思いました

 

私は今

本当に好きなバイクってあるのだろうか?

過去にはあったのだけれど

それもお金がなく

手放してしまってからは・・・

 

世の中がミレニアムイヤーと盛り上がり

コンピューターの世界では

ミレニアム問題とか大騒ぎしていた頃に

このGSX1300R隼は誕生した

市販車のノーマル状態で

時速300km/hが軽く出るという

当時 世界最速のオートバイ

あの独特なフォルムに憧れ

私も手に入れたいバイクだった

それ以来このバイク

特に白を見るたびに

後悔と憧れの気持ちが蘇る

 

バイクに乗っている女性が少ない

とよく耳にしますが

それは当然の事で

女性には女性の事情があり

男ではその代わりができない事も多い

その数少ない女性を見掛けると

つい世話を焼きたくなるのだけれど

勘違いされる事も多く

オジサンは凹む

反面 バイクを勘違いして乗る

ファッション女子が多いのも事実

バイク人口が増える事なので

とても好ましい事なのだけど

私個人としては

純粋にバイクが好きで

走る事が好きなライダーが好きです

そんな事から

ライダーハウスのオーナーとして

これからもそんなライダーさんを

応援し続けていきたいと思う

 

長文乱文となりましたが

お付き合いいただき

感謝申し上げます

では このへんで!!