しばらく禁酒しましょう

恋する日

14年前の今日。中学校3年生だった私も、しっかりと「恋する日」の真っ只中にいた。2月14日の学校というものは、男子の期待と不安、女子のタイミングを計る空気とが入り混じり、なんとも気恥ずかしい雰囲気に満ちている。当時からそういう雰囲気が大の苦手だった。なんだか恥ずかしくて、居心地が悪い気がして、なるべく女子に近づかないようにし、努めて意識しないように振る舞い(その時点で意識しまくっているのだが・・可愛いなあ。)、下校時間が来ると、部活もそこそこにさっさと帰宅してしまった。チョコレートを期待していなかったわけでは決してない。その当時、私には好きな女の子がいて、なんとなく、向こうもこちらを好いてくれているような雰囲気があった。正直。その女の子からのチョコレートを、かなり期待していたし、「多分、もらえるんじゃないかな・・」という算段もあったのである。しかし、15歳の頃からそうなのだけれど、私は「その人が、好きであればあるほど、避ける。」という非常に厄介な「逆走癖」を持っていて、その時も一日その女の子を避け、逃げ回っていたのだった。
そんな風だから、もちろん学校では一個もチョコレートをもらえるわけもなく、手ぶらでの帰宅とあいなった。自分のベッドの上に寝転びながら、天井を見つめてため息をつく。(はあ・・結局もらえなかったなあ。話していればもらえたのかなあ・・)などと、一人グジグジといじけている。自分で避けておきながら、勝手な言い分である。それが分かっていて、でも今さらどうにも出来ず、ひたすらムカムカ、グジグジしていた。その時であった。「トシ~~!!」母の呼ぶ声がした。「はあい!何~~!!?」返事を返す。「ちょっと、おいで!!」体操着のズボンをズリ上げながら、母のもとへ向かった。「なに?」尋ねると、母はニヤリと笑って、グイッと親指を玄関に向けた。「来てるよ。」「?」わけが分からず、玄関に目を向けると、当時好きだった女の子が、少し顔を赤らめながら立っていたのである。「あ!!!!」2月14日に、自宅にわざわざ来てくれる用事はほかには無い。私は喜悦を通り越して、すっかり狼狽し、緊張する体をなんとか立て直して、その女の子とともに外に出た。
その娘はカバンから綺麗に包装された箱を取り出し、「はい、これあげる。」と手渡してくれた。「あ、う、うん。」顔がみるみる紅潮し、何故か足がカクカク震える。しかし、そんなところは見られたくない。私は必死に平静を装うべく努力した。「あ、あ、ありがとね。いやあ・・なんか悪いねえ。」「あ、ううん。学校で渡そうと思ったんだけど、なかなか会わなかったから。」(避けてたからなあ・・)内心、猛省する私。「あ、そうだったんだ。ごめんごめん。」「あ、いいよいいよ。」ははは・・・ という小さな笑いの後、沈黙が降りる。冬だというのに、やけに太陽がまぶしく、乾いたアスファルトが白い。道路の向こうで近所の子供がじっとこちらを見ている。私はいよいよ照れてしまって、どういうわけか右手を差し出した。握手を求めたのである。それが何故なのかは自分でも分からなかった。「あ、うん。」がっちりと握手を交わす二人。その女の子の手はとても柔らかくて、あったかかった。「じゃあ、また明日ね。」といって、その女の子は帰っていった。私は、もらったチョコレートと、その女の子を交互に見て、人知れず喜びを噛み締めていたのだった。背後では、母がニヤニヤとその様子を盗み見ていた。
14年後の今日はバレンタインデー。「恋する日」。あの時の女の子と、今夜、逢う約束をしている。

 

ネットから拾ったこの書き込み

皆さんはどう感じましたか?

私はよーく分るんだよね・・・

学生時代の俺も ワクワクする日ではあった

そのくせ「どうせ貰えないやぁ」と思いつつも

「びっくりする様な告白があるかも知れない」と

あらぬ期待をするモテナイ男子生徒のひとりだった

 

今の時代 ダサいとか古いとか言われ

同姓同士で交換するのが主流になっている様だが

私はそう言う時代の風潮に寂しさを覚える

やっぱり想いを寄せる男性への告白イベントとして

今後も「恋する日」として存在して欲しい

もう一度あの頃に戻れるなら

偏屈な性格を改め素直に天命を待ちたいと思う

 

 

 
3年ほど前にもここで話しましたが
https://route0066.com/?p=4696

2度目の「骨髄適合」の通知が届いた

前回は不摂生な生活により

髄液提供者として貢献することはできなかった

今回もその時からなんら変わらない生活をしている

むしろ今の方が健康状態は悪いかもしれない

ドナー登録者としてそんな事ではいけないので

通知が届いた日から禁酒生活は続けている

こんな私でも人の命が救えるのであれば

喜んでこの身を捧げようではないか♪

 

そう思ってはいるものの

正直 健康状態は優秀とはいえない

50年も生きていれば どこかに歪がでてきて

身体はポンコツになっている

貰う側としても一番健康状態のいい提供者が望ましいはず

何よりその患者さんの早い回復を願うばかりである

 

 

ここ数日間仕事で お隣の菅平高原スキー場

その足で栂池高原スキー場へと泊り歩いてました

広くねじれていないゲレンデ

適度に混雑し思い思いに滑るお客様

そんな中レッスンではなく自由に滑走する爽快感

 

栂池高原スキー場「ふるさと」ざる蕎麦

 

白馬駅近く「グリンデル」しょうが焼き定食

仕事であって 半分遊びの様な

そんなスキーは楽しい!!

 

また行った先々の馴染みの食事処

変わらぬボリュームと味に安堵感を覚える

リフト券を購入して滑る

我々からするとそんな非日常的な行為が新鮮だ

冬限定のスポーツ「スキー」は

ウィンタースポーツの王様だと思う

スキーは楽しい♪♪

それでも・・

やっぱり地元に戻ればホッとするものである

 

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